緊急・難民

ミャンマーでの活動は難民・帰還民の支援から始まりました

 BAJがミャンマーでの活動を始めた最初の地は、ミャンマー西部のバングラデシュとの国境地域であるラカイン州北部でした。
ラカイン州北部の人口のうち約8割はイスラム教徒の人たちですが、ほかにも仏教徒のラカイン人やヒンドゥー教徒、少数民族の人たちなどが暮らし、民族構成は複雑です。
そのような地域でBAJは、1995年からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のパートナーとして、マウンドーという町にBAJ技術センターを開設し、この地域で活動する国連機関や国際NGOの車両・機械類の整備、イスラム系難民の帰還と帰還民(難民となって一旦は自分の国を出たが、また自分の国に帰ってきた人たちのこと)の再定住を促進するためのインフラ整備を行っています。さらに、ミャンマーに帰って来た人々が、再び難民となって出て行くことのないよう、仕事を得て安定した生活をしていくための支援をしています。
 ミャンマーでは国境地域での人道問題や自然災害による避難民が、1995年以降も発生しており、BAJではそういった問題に対する対応を行っています。

まずは必要な物資の提供を行う

 2008年5月2日から3日にかけて、大型サイクロン「ナルギス」がミャンマーのエヤワディ河のデルタ(河川の下流域)地帯に上陸し、大きな被害をもたらしました。推定で約85,000人が亡くなり、行方不明が約54,000人、被災人口は240万人に達したとされています。
 被災地域は国内有数の穀倉地帯であり、被災民の多くは農民、漁民、賃労働者などで、住民の生活への打撃は、計り知れないほど大きいものでした。
 BAJは直ちに被災地の住民へ水の配給を始めました。住民からの被災情報を聞き取りながら、配布する地域と物資を被災住民のニーズに応じて変えていきました。2008年5月末までにヤンゴン管区とエヤワディ管区の被災住民約6,100世帯に合計9回にわたり救援物資(飲料水、ろうそく、せっけん、防水シート、インスタントラーメン、ビスケット、食用油、食塩、衣類など)を配布しました。

BAJの特色を活かして

 サイクロンによる高潮で、耕運機やトラクターなどの農業機械が塩水をかぶって使用不能となりました。生活の建て直しへの支援として、これらの農業機械を修理しました。モバイル・ワークショップ(移動式修理工房)と名付けたこのプロジェクトでは、BAJミャンマーの各現場からエンジニアを集めて修繕チームを結成しました。
 被災地のデダイェ地区、モールミャインジュン地区と拠点を修繕チームが移動しながら50箇村の、合計約500台のエンジンを修理し、2009年1月末にワークショップを現地に引き渡しました。

帰ってくる場所を

 こういった人道問題や自然災害により、多くの人が家を失ってしまいます。彼らは避難所や知り合いの家に身を寄せるしか暮らしていく方法がないため、BAJではシェルターの建設を実施しています。
 タイとの国境地域では、UNHCRとの恊働で、2007年から2009年の間に、253棟のシェルターを建設し、難民や国内避難民が戻ってきた時に安定した生活を送る事ができる場所を提供しました。また、2012年6月には、ラカイン州北部にて仏教徒とイスラム系住民間の大規模な衝突が発生し、多くの人々が家を失いました。こちらでもUNHCRの協力のもと、222棟のシェルターを建設しています。

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